実録ヘッドハンターへの道
2000/4/19掲載

●第7話●

ハロー、ミスターヘッドハンター (その6)

ーブルを挟んで座ると、さっきまでの小柄な老人の印象は消え、威風堂々、背丈も自分と同じくらいの感じを受ける。
これが長年培ったキャリアが生み出すオーラというものだろうか。それとも身長に比べて異常に胴が長いだけなのだろうか。
いずれにしても、妙にアンバランスで不思議な雰囲気を持った人物であることは間違いない。

「今日はお時間を取っていただき、申し訳ありませんでした。先日の電話には驚かれたでしょう。しかし、取りあえずはああ言う方法しかないもので、許していただきたい」

「いやいや何をおっしゃる、こちらこそ首を長くしてご連絡をお待ちしていました」とは言えないので、
「確かに驚きました。話しに聞いたことはありますが、まさか自分のところにアプローチがあるなんて、思ってもみなかったですからね」
と内心とはうらはらの言葉で答えることにした。

「そうでしょうね。皆さんそうおっしゃいます。しかし、まんざら悪い気がしなかったというのも事実じゃないですか?」

こちらの気持ちを読みきって、ズバッと切り込んでくるあたりは流石というしかない。
まんざらどころか、とてもハッピーでした!が本当の気持ちだったのだから。

「ところで、富田さんはスキルアップやステージアップ、つまり転職と言うことに関しては、どうお考えですか?」

「はっきり言って、今まであまり考えたことはないですね。自分の仕事を一生懸命にやってきただけですから」
と軽く気取ってみせる。

「そうですか。確かにご自分のお仕事を一生懸命にやってこられたのは事実でしょう。でも、転職のことを考えたことがないというのは、ちょっと違うんじゃないですか?」

うしてだ!完全に気持ちが読まれている。
慌てながらも平静を装い 「実際、考えたことなどありませんよ。ほ、本当なんだから!」と答えたが、やはり慌てていたのか、最後は女言葉になってしまった。

いけない。ニヒルな自分を早く取り戻さなければ。
そして、その場の雰囲気を変えるつもりで、思わずエヘンと咳払いをした。

そこまではよかったが、力を入れすぎたせいか、口に当てた手をテーブルに戻す時、その手をコーヒーカップに当ててしまい、そのカップがウォーターグラスに当たり、そのウォーターグラスがヘッドハンターの犬井氏の方に倒れ、こぼれだしてテーブルの上を自分のほうに押し寄せてくる水を避けるため、年に似合わぬ身軽さで犬井氏は椅子の上に飛び上がった。呆然としてこちらをみつめている。

確かに雰囲気は変わった。間違いなく変わった。完璧に変わった。

「どうぞお使い下さい」とハンカチを差し出した自分の手が震えているのがわかる。もう、ヘッドハンティングどころではない。逃げ出してしまいたい。その時、犬井氏の声が静かに聞こえた。

「さあ、それでは本題に入りましょうか」
は完全に犬井氏のペース。 相手企業の内容を聞かされ、条件を聞かされ、なんとなく全てに納得して、次に合う日を約束して別れた。

シミュレーションを重ねて臨んだ今日の日であったが、気持ちはまさに"戦い破れて日が暮れて"の心境。
自分が転職するという当初の目的よりは、ただヘッドハンターは凄いという印象が残っただけであった。

あんな人になりたい。

富田がヘッドハンターを目指し始めた瞬間であった。


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